日本最大の画派・狩野派徹底解剖(1)
はじめまして。神戸大学で日本美術史の教員をしている野田麻美(のだあさみ)と申します。
このたび、松本松栄堂さんのブログで狩野派のコラムを書かせていただくことになりました。
年4回、春夏秋冬に、それぞれトピックをもうけ、狩野派の魅力をお伝えしていきます。
どうぞよろしくお願いします。
まず、初回ですので、自己紹介をしつつ、私が「狩野女」と呼ばれるほど、狩野派の魅力にどっぷりとつかるようになった経緯をお話したいと思います。
2026年の4月でちょうど、関西に来て3年が経ちました。
東京生まれ東京育ち、大学を出て一度一般就職し、その後大学院に戻ってのち、13年ほど群馬と静岡の美術館で学芸員をやってから、神戸大学の教員になりました。
美術は母に連れられて印象派の展覧会を見に行ったり、高校のとき、授業をサボって(!)東京都美術館に行き、近くのアスレチックで遊んだり、ゆる〜い感じで、少しだけ関心を持っていた程度の私が、大企業のキヤノンに就職したのに、そこで稼いだお金を元手に学芸員を目指すのに至ったのは・・・
何よりも、日本美術の素晴らしさ、とりわけ狩野派の絵の魅力に心奪われたからです。
母校の東京大学の東洋・日本美術の授業の一環で、画商さんのところで直に作品を見たときの衝撃は、今でも忘れられません。
展覧会で見る時とは違う、微妙なニュアンスで光る絵の具やマチエールの美しさに、目をみはりました。
それからというもの、ガラスを取り払って作品を見たい!という一心で、学芸員を目指し、色々な日本絵画を観るため、日本中、世界中を回りました。
そのなかで、とりわけ心惹かれたのが狩野派の絵でした。
その第一の理由は、数多の画家によるものすごい数の作品が、世界中に残っていることです。
日本最大の画派・狩野派の魅力は、何よりも、400年にわたり活動し、数千人規模の集団として絵を描き続けた幅広さ、奥深さにあると思います。
いくら見ても見飽きない質量を誇るのが狩野派です。
一度狩野派が好きになると、一生飽きないことを保証いたします!
こうした日本最大級、いや世界最大級の画派の歴史的な重要性は、たとえば、世界で最も普及している美術辞典であるグローヴ美術辞典でも、狩野派についての説明が21ページに及んでいることからもわかります。
なお、現在、私はこの辞典の狩野派の項目を改訂する作業をしています。
こういった研究の最前線のお話はまた別の機会にご紹介できればと思います。
第二の理由は、彼らの活動が室町時代から江戸時代にかけてという、日本美術の転換期にあたる中世末から近世の時期におよんでおり、時勢の変化に合わせて彼らの絵が変わっていったこと、それにもかかわらず、いつの時代も狩野派らしさを保っていたことです。
例えば、室町時代の狩野元信であれば、端正な美しさと構築的な画面構成が魅力ですが、桃山時代の狩野永徳ならば、力強く鮮やかなモチーフ描写とシンプルで大胆な構図が魅力である、といった特徴があります。「画壇の家康」と呼ばれる狩野探幽は、それまでの狩野派の絵をガラッと変え、瀟洒で淡白な、「引き算の美」を創出しました。
こういった大きな違いがあるにもかかわらず、「上品で分かりやすく親しみやすく、TPOに合わせた絵」を描き続けた狩野派の「狩野派らしさ」は、どの絵にも感じられるところが魅力です。
たとえば、老舗の和菓子屋の素材が時代に合わせて変わったとしても、その味の特徴が変わらないことが、「やっぱりここだよね」と、親しみをもって、固定の支持層に愛されるようなものでしょうか。
第三の理由は、第一、第二の理由とも関係しますが、彼らの絵は、いつの時代も変わらず高品質で、特に江戸時代にはたくさん作られるにもかかわらず、その質が一定以上で維持されていることです。
世の中の力あるものは、いつか衰え、その力を失うものです。
時代の寵児と言われる画家の力が及ぶのは、せいぜい三代後まで・・・というのは世の常でした。現代では、一代限りですよね。
でも、彼らは、固定の支持層に次の代、その次の代も愛されるために、品質の維持に注力しました。
これは世界中の画派を見ても稀に見る能力で、「日本製」のモノはそのシリーズの何代目でも品質の良さが保たれることに通ずる特徴です。
狩野派の魅力は、その実、日本のモノの良品質という特徴をよく示す点にも表れているのです。
彼らの魅力は他にも沢山ありますが、今回はここまでにいたします。
最後に、このコラム連載のお話をいただいた松本松栄堂さんに厚く御礼申し上げます。
松本松栄堂さんは、現在大流行の江戸時代の「奇想の画家」に関する展覧会をはじめ、全国の日本絵画の展覧会にひっきりなしにご協力されている、展覧会のトレンドセッターのような役割も担っておられる画商さんです。
多くの学芸員は、松本松栄堂さんが、狩野派の対極にあるような個性の強い民間画壇の画家の作品を中心に作品を集めておいでだと思っているように感じています。
実は、松本松栄堂さんは、10年以上前から、狩野派が重要だというお気持ちを事あるごとに私にお話くださり、狩野派の魅力を幅広い人に知ってもらいたいと、長らく熱い思いを持っておいでです。
私も、そうした気持ちを持つ「仲間」として、このコラムで少しでも狩野派熱を発信していきたいと思います。
いつまで続くか、熱く、ゆるりと続けてまいりたいと思います。

