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白隠慧鶴
片岡山達磨図
Hakuin Ekaku
Daruma
掛軸 紙本 42,5cm×45,5cm(総丈136cm×61cm) 淡川康一箱書
作品の状態について
画面、表装ともに良い状態です。
70歳代後半に描かれた作品です。
ふせる
旅人
あわれ
親な
し
〈読み〉
ふせる旅人あわれ親なし
〈大意〉
(飢えて)倒れている旅人よ。ああ、なんと気の毒なことか。親もなく、頼る人もいないのだろうか。
〈解説〉
達磨入滅から85年(諸説あります)を経た、推古天皇21年(613)、大和国(現在の奈良県)片岡山に達磨が出現したとする伝説にもとづく達磨図です。
この説話は、『日本書紀』推古天皇21年(613)12月1日条に見えます。聖徳太子が片岡山を遊行なさった際、道端に飢えた人が横たわっているのをご覧になりました。名を尋ねても答えません。太子は飲食物とご自身の衣をお与えになり、「安らかにお休みなさい」とお声をかけ、その境遇を哀れんで歌を詠まれました。
しなてる 片岡山に 飯に飢て 臥せる
その旅人あはれ 親無しに
汝生りけめや さす竹の 君はやなき
飯に飢て 臥せる その旅人あはれ
翌日、旅人の死を知らされると、太子は大いに悲しまれ、使者に厚く葬るよう命じられます。ところが数日後、「あの飢えていた人はただ者ではなく、真人(ひじり)であろう」というので、墓を開けてみると、遺骸はなく、棺の上には太子からいただいた衣だけがきちんと畳んで置かれていたといいます。後世、この旅人は禅宗の祖とされる達磨大師の化身であったと解されるようになりました。
本図には、肩肘をついた乞食姿の達磨大師が描かれています。画面左上に賛として散らし書きされている歌は、『拾遺和歌集』に聖徳太子の作として収められているものです。
しなてるや 片岡山の飯に飢えて
臥せる旅人 あわれ親なし
これに対する旅人の返歌は、
いかるがや とみの小川のたえばこそ
吾が大君の 御名はわすれめ
です。この和歌をもって『拾遺和歌集』は最終巻(第二十巻)を締めくくっています。(Y)
作家について
白隠慧鶴(1685~1768)は、日本臨済禅中興の祖と称される重要な禅僧。
駿河に生まれた。15歳で出家、臨済宗の禅僧となる。各地を巡歴して修行を積み、33歳で郷里の松陰寺に帰り、住職なる。本格的に書画を手が...
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