富岡鉄斎
魚籃観音図

Tomioka Tessai
Kannon

掛軸　紙本　133cm×63,3cm(総丈206cm×78,7cm) 箱入

作品の状態について

画面、表装共に良い状態です。

宋海刕胊山賀氏[世]畫觀音像全家不茄（茹）葷每一本之直率五六十千百文
經涉歲時方可得盖精巧費日致然傳至六待詔者於藝尤工据案施
丹青者及門一丐遍體瘡癩膿血潰出臭穢不可近携鯉一籃遺
之求畫賀曰吾家絕葷累世矣何以相汚其人曰君所畫不逼眞
我雖至貧而行乞却収得一好本君欲之乎賀喜洒掃浄室延之
入即拒戸良久呼主人賀往視之化爲觀音眞相
金光繚繞百寳莊嚴賀喚子弟焚
香敬禮遽失所在矣
　右見勸善錄
　　鐵齋居士冩於
　　常楽我浄室

※ 誤字は(　)内に正しい字を註記し、脱字は[　]で示した。

〈読み〉
宋のとき、海州胊山（くざん）の賀氏、世々観音の像を画く。全家葷（くん）を茹（くら）はず。毎一本の直（あたひ）、率（おほむ）ね五六十千百文、歳時を経渉して方（はじ）めて得べし。蓋（けだ）し精巧、日を費して然るを致す。伝へて六待詔なる者に至り、芸に於て尤も工なり。案に据りて丹青を施す者、門に及（いた）る。一丐、遍体瘡癩、膿血潰出し、臭穢近づく可からず。鯉一籃を携へ、之を遺（おく）りて画を求む。賀曰く、吾が家、葷を絶つこと累世なり、何ぞ以て相汚すやと。其の人曰く、君の画く所は真に逼（せま）らず、我至って貧しうして行乞（ぎょうこつ）すと雖も、却って一好本を収め得たり、君これを欲すやと。賀喜んで洒掃（さいそう）し、室を浄めて之を延（ひ）く。入れば即ち戸を拒（ふせ）ぐ。良久（しばらく）して主人を呼ぶ。賀往いて之を視るに、化して観音の真相と為り、金光繚繞し、百宝荘厳す。賀、子弟を喚び、香を焚いて敬礼す。遽（にはか）に所在を失ふ。
　右は勧善録に見る。鉄斎居士、常楽我浄室に於て写す。

〈語注〉
◯茹葷（じょくん／くんをくらう）＝くさいにおいのする野菜を食べる。のち、肉や魚を食べる。
◯経渉＝通り過ぎる。通過する。
◯臭穢（しゅうあい）＝臭く汚いさま。
◯行乞（ぎょうこつ）＝僧が家をめぐり歩いて食物をこう。乞食。
◯洒掃（さいそう）＝水をまき、ほうきではき清める。
◯繚繞（りょうじょう）＝まつわりめぐる。

〈大意〉
宋の時代、海州朐山（浙江省）の賀氏は、代々観音の像を描いた。家中のものが、生臭物を食べなかった。一図ごとの値段は、おうむね五六万文もして、注文してから数年たって、やっと手に入るという有様だったが、それは精巧な仕事に日数がかかるからだった。伝来して六待詔という者にいたって、その芸がもっとも巧妙であった。机によりかかって絵具を塗る弟子たちが、室からあふれて門までとどくほどだった。ある乞食が身体中瘡だらけ、膿や血が流れ出て、臭くきたなくて近づくことができぬ有様で、一かごの鯉を携えて来て、これを贈って画を求めた。賀がいうには「私の家は代々生臭物を食べないことにしていますのに、どうして鯉など持って来て汚すのですか。」と。その乞食がいう「君の描く観音像は真に迫っていません。私は大へん貧乏で乞食していますが、しかし一つの好い絵を持っています。お目にかけましょうか。」賀は喜んで掃除して部屋を清めて招き入れた。乞食は部屋に入ると、すぐさま戸にかんぬきをかけた。しばらくして主人を呼んだ。賀が行ってみると、その乞食は変じて観音の姿となり金色の光が身のまわりにまつわり、もろもろの宝石が身体を飾りたてていた。賀は子弟を呼び、香をたいて敬礼したところ、にわかに姿が消え失せた。
　右は勧善録に載っている。鉄斎居士が常楽我浄室で写した。

〈解説〉
　右手に魚の入った籠（魚籃）を持ち、俗世の女性の姿で描かれています。上半身はゆったりとした衣に包まれ、伏し目がちな柔らかい表情には、観音菩薩特有の慈悲と優しさがにじみ出ています。(Ｙ)

作家について

富岡鉄斎（1836〜1924）は、京都に生まれた日本画家。

「万巻の書を読み 万里の道を行く」の座右の銘を実践した鉄斎の作品は、壮大なスケールと存在感を放っている。

画は勿論、国学・儒学を修め、幕末には...

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