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伊藤博文
三行書
Ito Hirobumi
Calligraphy
掛軸 絖本 133cm×52,3cm(総丈217cm×70,5cm) 末松謙澄箱書 二重箱入
作品の状態について
画面は良い状態です。
表装下真ん中あたりにシミがあります。
昭和15年11月に髙島屋で開催された「勤王烈士真蹟展」に出品された作品です。
連雲樓閣出欄横六々峯
巒雨欲晴秀色依然帶王氣
、
一年後舊神京
、 春畝老書生
千 西京雑詩之一
〈読み〉
連雲楼閣 欄に出でて横たわる、六々峰巒 雨晴れんと欲す。
秀色依然として王気を帯ぶ、一千年後の旧神京。
〈語注〉
◯峰巒(ほうらん)=連なる山々
◯秀色=秀でた景色
◯王気=王者の起る所に昇る気。
◯神京(しんけい)=みやこ。
〈大意〉
雲にまで届きそうな高い楼閣が、手すりの外に横に長く連なっている。東山三十六峰の山々にかかっていた雨は、今まさに上がろうとしている。
その美しい景色は、今もなお昔と変わらずに天皇の都の神聖な気品を帯びており、これぞ平安遷都から一千年の時が流れた、かつての聖なる都(京都)の姿なのだ。
〈解説〉
伊藤博文が明治28年(1895)に京都で詠んだ自作の七言絶句を、力強い筆致で揮毫した一幅です。
画面左上をよく見ると、小さく「千」の一字が書き加えられています。これは脱字に気づいて後から補ったもので、本来は「一千年後」と続く箇所です。濃墨をたっぷりと含ませた雄渾な気魄あふれる書風の中に、人間味あふれる制作の舞台裏が垣間見えます。
この詩は『藤公詩存』などに「京都作」として収録されています。当時、日清戦争に伴い大本営が広島に置かれていましたが、内閣総理大臣であった伊藤が広島との往還時、あるいは明治28年4月に大本営が京都へ移動した際などに立ち寄り、詠んだものと考えられます。なお、詩集の記載と本作との間には、「雨欲晴」が「雨始晴」に、「秀色」が「山色」に変わるなど、一部の文字に異同が見られます。(Y)
作家について
伊藤博文(1841~1909)は、山口県に生まれる。嘉永2年9歳の時に萩に移り、17歳の時に松下村塾に入門する。木戸孝允、高杉晋作、久坂玄瑞らと交わり、文久2年には久坂玄瑞とともに尊王攘夷の志士として活躍した。...
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