日本最大の画派・狩野派徹底解剖(3) 在外狩野派作品、在英作品について
野田麻美(神戸大学)
こんにちは。神戸大学の野田麻美です。
前回、イギリスに行く飛行機で「第2回コラム」を書き、狩野派研究の動向について触れ、在外作品調査のレポートをすると予告ました。
第3回は、9月のイギリス調査についてお話ししたいと思います。
日本最大の流派にして400年余り続いた狩野派の作品は、世界中にあります。前回、明治維新以降の日本で江戸狩野派が批判にさらされたことをご紹介しましたが、そうしたなかで、狩野派の作品はたくさん海外に流出しました。とくに、評価が急激に反転した江戸後期の江戸狩野派は、優品、代表作が欧米に渡りました。これらの作品の評価なくして、江戸狩野派研究は不可能と言っても過言ではありません。
たとえば、アメリカには、前回触れた岡倉天心や、政府のお雇い外国人にして狩野派を深く学んだアーネスト・フェノロサ(図1)、医者でコレクターのビゲローらのすぐれた眼によって厳選された江戸狩野派の優品がボストン美術館に多数伝存しています。
一方、イギリスには、医者にしてコレクターのウィリアム・アンダーソンがたくさんの狩野派作品をイギリスに持ち帰り、1881年、大英博物館が購入しています。
図1

ボストン美術館の日本美術作品については、狩野派全般を含む大規模な悉皆的調査がなされており、最近も大型本でその成果が紹介されていますが(『ボストン美術館 日本美術総合調査図録』中央公論美術出版 2022年)、一方の大英博物館のアンダーソン旧蔵の狩野派作品は、一部しか詳細に紹介、あるいは研究されていません。その数、じつは500点を優に超えます・・・!!(なお、大英博物館には、アンダーソン旧蔵品以外の狩野派作品もあります)
ボストン美術館の狩野派作品がざっと見積もって600点程度として(詳細については、またいつかご紹介できる機会があればよいのですが、じつは正式に登録されていない、つまりアクセッションナンバーがない狩野派作品もあるので、正確な点数はわかりません)、大英博物館にはそれに匹敵する数の狩野派作品が所蔵されていると言えます。
実のところ、日本国内にこれほど狩野派の作品を所蔵する美術館、博物館はありません。(※模本も含めれば、東京国立博物館や東京芸術大学には膨大な作品があります)大英博物館の日本絵画を多数紹介する『秘蔵日本美術大観 大英博物館1・2・3』(講談社 1992~3年)には、数点の江戸狩野派作品が掲載されているものの、江戸狩野派研究を進める側からすると、もっと大事な作品が紹介されていないきらいがあり、大英博物館の江戸狩野派作品、とりわけ、江戸後期の江戸狩野派作品は、まさに世界中の江戸狩野派作品のなかで最重要研究対象と言えるでしょう。
そこで、現在刊行準備中の江戸狩野派の本(江戸狩野派全般に関する本、江戸狩野派の倣古図に関する本)のために、2024年から毎年1回、大英博物館の江戸狩野派作品を調査させていただいており、今年が最終回にあたります。
今回で集中調査は最後・・・そう思うと、行きの飛行機から私はとても緊張していました。というのも、最近時差ぼけがすごいのです!
今回のイギリス調査は、翌々週からハワイ調査が控えており、さらに、到着翌日から調査という強行軍だったこともあり、大切な調査中に眠気で集中力が落ちたらどうしよう・・・そのように思い、飛行機ではどのタイミングで寝るか、いろいろと工夫したりしつつ(そうはいってもあまり寝れません)、行きのフライト時間を過ごしました。
さて、初日深夜にホテルに到着し、翌日より大英博物館の調査が始まりました。
まず、大英博物館の日本美術の展示を拝見。(図2 大英博物館 ジャパンギャラリー)。
図2

今回、一番の希望は、狩野養信「雪舟原本 山水長巻」の調査でした。こちら、過去2回の調査時、毎回展示されており、今回も展示中とのこと・・・じつは、大英博物館でめちゃくちゃ人気作品なのです!
調査できるか心配しつつ、恐る恐る展示室に行くと・・・調査のために作品を展示から外してくださっていました・・・!(図3 「山水長巻」展示場面)申し訳ないですが、俄然頑張らねばと気合満タンになりました。時差ぼけなんてしていられません!
図3

その後、日本美術のスタディ・ルームで作品を次々に拝見しました。
ときに、これはどういう作品か・・・学芸員の方々と議論しつつ、作品の調査を進めます。(図4 スタディ・ルームでの調査風景)
図4

まず、念願の養信「雪舟原本 山水長巻」を拝見しました。この作品の原本は、国宝の雪舟「山水長巻」(毛利博物館)。15メートル以上ある原本には、四季折々の光や大気の移り変わり、さまざまな景色が出入しますが、この作品を、養信は15歳にして冒頭から迷いなく、その本質的な特徴を捉えて描いていました!詳しくは拙著で書く予定ですが、「山水長巻」は江戸狩野派のいろいろな画家が写しています。みな冒頭部分はかなり畏まっていたり、どう描くか悩んでいたりします。しかしながら、養信は大胆な筆致で、超傑作の「山水長巻」にひるむことなく、巻末まで全くぶれのない姿勢で描き切っています!こんな画家、見たことありません・・・(図5 狩野養信「雪舟原本 山水長巻」(大英博物館)(c) The Trustees of the British Museum)
図5

この作品は、養信の父・狩野栄信の指導の下作られたのですが(その詳細が巻末の跋に書かれています)、その英才教育ぶりに感じ入り、さらにそれにこたえる養信はつくづく恐ろしい画家だと身震いしました。
なお、私は栄信の文字を見るだけでアドレナリンがでるほど栄信好きなのですが、栄信の跋の字もすばらしく、この作品の巻末に至り、今回の調査で一番興奮しました(笑)。江戸狩野派の歴史を変えた一点だと思いました。
くわしくは、本で書いて、こちらのコラムで紹介(宣伝?)できればと思います!(松本さん、個人的宣伝してすみません・・・)
さて、その後もたくさんの作品を拝見しました。
大英博物館には、あまり知られていない江戸狩野派の画家の優品がたくさんあり、どれも本当に重要な作品と感じましたが、なかでも、養信の息子にして狩野芳崖や橋本雅邦の師匠である狩野雅信のマクリ作品(表装されていない作品)など、素晴らしい作品があり、アンダーソンさんの慧眼に驚嘆しきりでした。
今の日本人とは異なり、先入観なしに良いものを見抜く眼を持つアンダーソンさんに、あらためて敬意を払った調査でした。
今回、合計24点の作品を調査させていただきました。いずれもすごく重要な作品でしたので、拙著できちんとご紹介したいと思います。
調査の合間には大英博物館の職員食堂でお昼ご飯をいただき、イギリスに行ったら1度は食べたいフィッシュアンドチップスをいただきました(図6 大英博物館職員食堂での昼食)。
図6

大充実の調査でした。大英博物館学芸員の矢野さん、ロジーナさん、ありがとうございました!!
さて、今回のイギリス旅行のもう一つの楽しみは、調査後のエクスカーションで、オックスフォードに小旅行をしました。
イギリスは何度も行っているのですが、オックスフォードは初めてです。
昨年11月、台湾の国際学会『藝術共域:東亞美術交流與明代印刷文化』(於国立故宮博物院南院)で発表した折、オックスフォード大学のJP先生ご夫妻と知り合い、今回、ご夫妻宅に泊めていただき、学内をいろいろご案内いただくという、得難い機会をいただきました・・・!
ちなみに、JP先生は明代の版本や絵画の贋作づくりについての御研究をされており、私は狩野山楽による明代の版本『帝鑑図説』の絵画化についての研究から狩野派研究をスタートさせ、現在は江戸狩野派の中国絵画の直模作品(簡単に言うと、丸パチリ作品のことです)制作についての研究をライフワークとしているため、台湾での先生の贋作づくりに関するご発表を拝聴し、とても刺激を受けました。
このたび、オックスフォード大学内のアシュモレアン博物館や、各カレッジ、先生のオフィスや研究室をご案内いただき、また講義室なども拝見して、衝撃を受けました(日本の武骨なただの部屋とは全然違い、歴史と品格にあふれています・・・!)(図7 JP先生の御部屋)。
図7

ご存じの方もいるかと思いますが、オックスフォード大学では少数精鋭の学生を徹底指導する教育が行われており、学生は基本的に寮生活を送り、大学生の間、研究に没頭できる環境が与えられます。学内を巡るなかで、研究とは何か・・・研究に身を投じるとはどういうことか・・・みたいなことを根本的に考えさせられました。そして、なんで大学生の時、勉強を怠ったのか・・・と、わが身を呪ってしまいました…
貧乏学生の間、バイトをして、海外旅行して、〇〇美術館に行って・・・大学にはあまり行かない(;゚Д゚)、みたいな生活をしていた自分は、改めて「学徒」たるオックスフォード大学の学生さんたち、そしてその徹底指導に当たられる先生方のすごさ、・・・世界有数の大学の教育水準を、校内の雰囲気から想像しました。
じつは、神戸大学は、神戸オックスフォード日本学プログラム(KOJSP)という、オックスフォード大学東洋学部日本語専攻の2年生全員が1年間を神戸大学文学部で学習するという、ユニット受け入れ型のプログラムをおこなっております。わたしも、オックスフォード大の学生が神戸大学にいる間、指導教員という立場で、数か月に一回面談をしたり、プログレスレポートを書いたりしたことがあります。げんに、この10月から1年間、日本美術に関心があるという学生さんの指導教員になりました・・・!
今回オックスフォード大学に行き、その学際的な環境に触れ、自分が学生皆さんに十分なフォローができていなかったと、深く反省しました。オックスフォード大学の先生方のご指導にはとうてい至りませんが、今後は、オックスフォード大学の学生さん、そして神戸大学の学生さんたちに対して、もっと親身になって相談に乗ろうと、心に決めました。
学内のさまざまな施設をご案内いただいたのち、JP先生お気に入りのパブにてビールをいただき(とにかくビール、IPA好きの私には、イギリスで一番たのしみな飲み物なのです!)(図8 IPAビール)、夜はご夫妻宅で夕飯をいただきました。
図8

これだけの得難い機会をいただき、なおありがたいことに、JP先生の御本も頂戴しました。飛行機では、先生の韓国絵画に関するご著作で、日本絵画とのかかわりにも触れておられる『A New Middle Kingdom: Painting and Cultural Politics in Late Choson Korea』を拝読しました。(図9 『A New Middle Kingdom: Painting and Cultural Politics in Late Choson Korea』表紙)
図9

近年、韓国絵画の大きな展覧会が韓国、日本であり、それらを見た私の学生たちにも、ぜひ読んでほしい御本と思いました。
JP先生ご夫妻には、本当にお世話になりました。おかげで、本当に充実したイギリス旅行となりました。ありがとうございました!!
今回のイギリス旅行では、大英博物館所蔵の素晴らしい江戸狩野派作品の調査に加え、世界に冠たるオックスフォード大学における教育の素晴らしさに触れることもでき、さまざまな面で大きな成果を得ることができました。
くしくも、現在主たる研究対象としている養信の凄さが栄信による幼少期の英才教育に裏打ちされたものであることを体感し、個別の徹底指導で研究者を育てるオックスフォード大学の教育環境に触れ、「学び」の大切さ、それに身を捧げることのすばらしさを感じる旅となりました。
さっそく心を入れ替え、現在作業を進めている、"The Dictionary of Art"(『グローヴ世界美術大事典』オックスフォード大学出版会)の「狩野派」の歴史、19人の狩野派画家についての加筆修正や新規執筆、校正作業を頑張っております。
そして、現在準備している2冊の本の執筆作業に邁進しております。
今回の成果を活かし、少しでも良い研究ができ、拙著が完成するよう尽力します!
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