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皆川淇園
蓮図
Minagawa Kien
Lotus
掛軸 絖本 120cm×44cm(総丈210cm×59cm) 箱入
作品の状態について
画面、表装ともに良い状態です。
文化乙丑孟夏洞津文學恕堂奥田生以
白川侯侍臣谷文晁為介請公書字公為
書李群玉一聯賜之生寳愛之餘請予畫
欲以為配軸傳之後嗣因為描此云
文化仲冬廿三日平安皆川愿識
〈読み〉
文化乙丑の孟夏、洞津の文学 恕堂奥田生、白川侯の侍臣谷文晁を以て介と為し、公に字を書かんことを請う。
公、為に李群玉の一聯を書して之に賜う。
生、之を宝愛するの余り、予に画を請い、以て軸に配するものと為し、之を後嗣に伝えんと欲す。
因りて為に此を描くと云う。
文化仲冬廿三日、平安、皆川愿識す。
〈語注〉
◯洞津=現在の三重県津市にあたる港湾、安濃津の別称・古称。
◯恕堂奥田=奥田恕堂は伊勢津藩の儒者。名は彭、字は允倩、通称は清十郎。奥田三角の孫にあたり、その家学を継いだ。池大雅の書画を深く愛好し、三十軸を超える作品を収集したと伝えられる。文化12年(1815)7月29日、52歳で没し、生地である豊原の枕山に葬られた。
◯公=奥田恕堂が谷文晁の仲介で揮毫を依頼した人物を指す。
◯李群玉=中国・中唐の詩人。
◯予= 皆川愿(淇園)本人を指す。
〈大意〉
文化乙丑年(1805)の初夏、洞津の文学者である奥田恕堂氏は、白川侯の侍臣である谷文晁を仲介者として、公に書を書いていただきたいと願い出た。公はそのために李群玉の詩の一聯を書き、これを奥田氏に与えた。奥田氏はそれをたいそう大切に愛蔵し、さらに私に絵を依頼して、これを書と対にする掛軸とし、子孫に伝えようと考えた。そこで私は、そのためにこの絵を描いたということである。
文化年間の仲冬(ほぼ12月にあたる。陰暦の11月の異名)の二十三日、平安(京都)において皆川愿が記した。
〈解説〉
月光に照らされた広大な蓮池を描いた作品です。画面下部には無数の蓮が広がっています。蓮は泥中から清らかな花を咲かせることから、高潔さや清浄の象徴として知られています。
画面上部には、この蓮図が描かれた経緯を記した跋文が添えられています。それによれば、奥田恕堂が谷文晁を仲介として某公の書を得て、その対幅とするために皆川淇園へ蓮図の制作を依頼したことがわかります。李群玉の詩句を書した対幅がどのような作品であったのか、想像をかき立てられます。
また、皆川淇園は文化4年(1807)5月16日に没していることから、本作は文化2年(1805)から文化3年(1806)頃の制作と考えられ、淇園最晩年の作に位置づけられます。(Y)
作家について
皆川淇園(1735-1807)は、京都に生まれた江戸時代後期の儒者。
若くから漢字の字義と易学に興味を持ち研究、開物学という自説を提唱した。私塾弘道館も開いて、多くの門下を育成した。また、望月玉蟾、円山応挙...
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