池大雅
陶淵明図
Ike Taiga
Tao Yuanming
掛軸 草山祖芳賛 紙本 104cm×28,9cm(総丈170cm×44,2cm) 箱入
作品の状態について
画面は少しアレています。
表装は良い状態です。
指頭で朗らかに描かれた人物の顔が微笑ましい作品です。
斗米擲来覚昨非
故園秋色喜吾歸
悠然採菊東籬路
難解貪花種子圍
漢興
〈読み〉
斗米擲(なげう)ち來りて昨(きのふ)の非なるを覚ゆ、故園の秋色 吾の帰るを喜ぶ。
悠然として菊を採る東籬の路(みち)、解し難し 花を貪りて 種子をば囲むを。
〈大意〉
たかが米数斗の俸禄(サラリー)を投げ捨ててみると、昨日までの生き方が誤りであったのだと気が付いた。なつかしいこの庭の秋景色は、私の帰ってきたのを楽しく迎えてくれるようだ。ゆったりと菊を摘む、東面の垣根のもとのこの小径よ。私にはよく分からない、かの貪欲に花の美を求めて、種子にまで囲い込みをかけてしまう人たちの気持ちが。(ことさら華美を求めずに、花は自然な姿を楽しめばよい。)
〈語釈〉
◯斗米=ふつう、一斗の米の事だが、ここでは陶淵明の「五斗米」の故事。事は『晋書』(および『宋書』)の陶潜伝に見える。それによると、淵明は若い時から高尚な脱俗の士であった。何度か貧しくなっては仕官し、仕官してはすぐに辞めた。州の主簿(事務方の管理職)として招かれたが応じなかった。後に故郷に近い彭沢の県令となったが、郡の監察官が県に視察に来ると言うので、正装で面会するように下役から求められた。すると淵明、「吾不能為五斗米折腰、拳拳事郷里小人邪。(たかが五斗の扶持米のために腰を屈め、ペコペコと同郷の小者に奉仕するなんて出来ようものか、私は出来ない。)」と言って自ら職を解き、県庁を去って、「帰去来の辞」を詠んだ、と言う。
◯昨非=過去の過ち。陶淵明「歸去来兮辭」(『陶淵明集』巻五)に「實迷途其未遠、覺今是而昨非。」とある。傍線部、「過去の考えは間違っていて、今やっと正しさに辿り着いたことに、気が付いた。」ということ。
◯故園秋色の句=「故園」は我が家、故郷。陶淵明「歸去來兮辭」に「乃瞻衡宇、載欣載奔。僮僕歡迎、稚子候門。三逕就荒、松菊猶存。」とあるのを踏まえる。帰郷した淵明を、懐かしい我が家が迎える場面である。「故園」の語、たとえば杜甫「秋興八首」其一(『唐詩選』巻五)に「叢菊兩開他日涙、孤舟一繫故園心。」とある。淵明の詩では「歸園田居」其一に「覉鳥戀舊林、池魚思故淵。」とあるのなどが思い当たる。
◯悠然採菊の句=陶淵明「飲酒」其五(『陶淵明集』巻三)に「採菊東籬下、悠然見南山。」とあるのを踏まえる。『文選』などには「悠然望南山」に作る。
◯貪花=ふつう、女色を好む意味を含めて用いるが、ここは「採菊」「種子」と関わるから、単に植物の花を指して言うのだろう。『宋書』陶潜伝に「嘗九月九日無酒、出宅邊菊叢中坐久」云々とあるように、陶淵明が好んだ菊は、野菊である。それは、後の周敦頤が「花の隠逸なる者」と呼んだように、富貴花=牡丹などとは対照的な、質実孤高の花である。
〈解説〉
筆の代わりに指や爪を用い、中国・東晋時代の詩人 陶淵明を描いています。いわゆる指墨画(指頭図ともいう)で、自ら「指墨」と明記しています。画面中央に陶淵明、その左右やや後方に三人の幼い子供が配されています。陶淵明は朗らかな表情で、採った菊の花を子供たちに見せる姿で描かれています。「見せて見せて」と興味津々で手を伸ばしている子供も見えます。何とも微笑ましい作品です。
賛者の草山祖芳(1722-1806)は江戸後期臨済宗の僧。「漢興」は号の一つ。陶淵明の故事や伝記、詩を踏まえたものになっています。(Y)
作家について
池大雅(1723~1776)は、京都に生まれる。7歳にして宇治の萬福寺で書いた書を絶賛されるような、天才肌の文人だった。絵は画譜類や中国絵画を模写して独学で学んだが、儒学者や禅僧の援助を得て、画家の才能を早...
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